仏教遺跡の町 スコータイ タイ華僑の青年と語り合う
2017/01/29
タイ旅行では、「ひとり歩きのタイ語自遊自在 会話集」が活躍しました
中国の南部に住んでいたころ、休暇になると、タイにばかり行っていました。食べ物はおいしいし、物価は安いし、見るべき遺跡がたくさんあったので。
[adsense_intro]
タイに行き始めたころは、お供に、ひとり歩きのタイ語自遊自在 会話集を携えて、なんとかタイ語で話そうと頑張っていました。
いくらですか、という言い方と、1から10までの数字は、なんとか覚えられましたよ。発音は、少し広東語に似ていると思いました。複雑な言葉については、私のタイ語が通じたというより、本に書いてあるタイ語を読んで理解してもらったというのが、真実です。
香港からバンコクに到着し、バンコク観光の後は、アユタヤへ移動。アユタヤで観光を楽しんだのち、スコータイへ行きました。
スコータイの町に着いて、今夜のお宿はどうしようかとウロウロしてると、ちょうどよくゲストハウスの客引きが来て、交渉が成立しました。その日のお宿は、オランダ人男性が経営するゲストハウスとなりました。
スコータイの夜の町で屋台巡り
ゲストハウスのチェックインが済むと、スコータイの町を散歩しました。
地元の住民のためか、観光客のためか、わかりませんが、屋台がたくさん出ていたので、ひやかして歩いていました。虫を売っている屋台もありましたよ。ペットじゃなくて、食用です。コオロギとか、タガメとかを油であげたようなの。地元の人たちが買い求めて、おいしそうに食べていました。
普通においしそうな惣菜を売る屋台もありましたけどね。
しばらく、屋台街を歩いていると、愛らしい象さんのアップリケがついた財布を見つけました。
店番のお兄さんに、「ひとり歩きのタイ語自遊自在」を見せながら、タイ語で「いくらですか」と、聞きました。意外にもお兄さんは、流暢な英語で返事をし、無事財布を購入できました。
日本人がめずらしかったのか、その後も、お兄さんは、私に「いつタイにきた?」「タイのどこへ行った?」「これからどの町に行く?」など、親し気に話しかけてきました。
「どこに住んでいるのか」という問いに、「中国」と答えると、お兄さんはニコッと笑って、「ニーハオ!」と言いました。私も、わけがわからず「ニーハオ!」と答えました。もしかして、中国語ができるのかな、と思い、中国語で話しかけてみましたが、反応なし。
タイ華僑と筆談で盛り上がる
お兄さんは、ノートを取り出し、さらさらと書いて、私に見せました。そこには、
"你住在中国嗎?(あなたは、中国に住んでいますか。)"
と、書いてありました。
そこで、お兄さんが、華僑なのだ、ということに気づきました。
ちょっと、驚きましたが、私も
"是的。我住在中国广东。(はい、私は中国の広東に住んでいます。)"
と、書いて答えました。
お兄さんの書く文章は、繁体字で、縦書きでした。私の知らない、中華人民共和国成立以前の、古い中国の匂いがしました。祖先は、潮州から来たそうです。おそらくお兄さんは、潮州語が話せるのでしょう。私が習った、北方方言をベースにした中国語と、南方の方言、潮州語では、外国語のように異なるので、話して意思の疎通をすることができません。
前の年に、潮州へ遊びに行き、ホテル以外では、言葉が全く通じなかったのを思い出しました。
お兄さんとは、潮州へ遊びに行った話などをして、10分くらい、筆談をしていました。
香港からバンコクまで飛行機で数時間。そして、バンコクからスコータイまで、電車やバスで、いったい何時間かけて移動したことでしょう。そして、お兄さんが生まれて育った背景と、私が生まれて育った背景とは、まったく異なるものです。
それでも漢字を使った文章で、意思の疎通をはかれるは、本当に不思議です。
中国の歴史、文化の奥深さ、スケールの大きさを感じた出来事でした。
ちなみに、お兄さんは、英語と日本語の勉強をしているそうです。「ひとり歩きのタイ語自遊自在 会話集」を所望したので、差し上げました。
にほんブログ村